アドニスたちの庭にて

    “ミツバチたちは忙しい”

 

          




 学生さんたちにおかれましては、様々な全国大会がありの、秋冬が本番の人へはそれへ向けての合宿がありのと、思い出作りの場が一杯という情熱と熱狂の夏が終わって、さて。一息つく間もなく始まるのが、3つの学期中、一番に長い二学期で。気候がいいせいで、文化の秋、スポーツの秋などなど色々と冠されてるシーズンに相応しく、これまた行事が多くて大忙しの生活へ突入と相成る彼らであり、
「白騎士祭までは気が抜けんって、実際。」
 各々の部の引き継ぎは夏休み前。そして生徒会は、九月か遅くても十月には選手交替があって、それからさて学園祭…というのが、普通一般のガッコに見られる“セオリー的”な段取りで。新しい生徒会にとっては、最初に取り掛かるお仕事が 一番大規模で大変な行事への差配となるものの。引き継ぎがてらという名目にて、前期の役員さんたちがオブザーバーという形でのフォローに入って下さることも容易いだろし。となると、正式な役づきではないながら、采配組の頭数も増えるため、端々への目も配りやすいとあって。実を言うと最も効率のいい“入れ替え”なのだが、
「ウチの正式な交替は“白騎士祭”の後、だものね。」
 十月に催される学園祭。学校の歴史に沿ったものだけに、部の方の出し物にも伝統的なものが少なくはなく。それをお目当てにしたOBも多数詰め掛けるとあっては、その準備、いくら時間があっても足りないほど。選挙などというやはり繁雑な行事を挟んでしまっては、尚のこと期日が足りなくなるほどの規模だったりすることから。他校に比べてかなりの遅いめ、学園祭後へとずれ込んでいるのが、ここではセオリーな運びだったりし。
“とはいえ、候補はその大半が、既に水面下で決まってるそうだけれどな。”
 現職の役員の方々が、自分の後釜に相応しかろう生徒を前以て選んでおき、この学園祭での助っ人として参加させ、様々な仕事への引き継ぎを兼ねてのレクチャーを実地の場にて受けさせる。候補者の選び方は様々で、自分の間近にいつもいた頼もしい後輩や、若しくはそういう立場の人からのお薦めを聴いてた人物であるケースが多く。夏休み前に準備委員会を立ち上げていたその上、インターハイの方での実行委員たちにも働き者がたくさん参加して下さるので、さして偏りもないまま、山ほどの候補たちを目に出来る環境下、よほどの裏工作でも無い限り、人材の選出は公明正大に行われ。特に示し合わせなどがある訳でもないのだが、よほど甲乙つけ難い人材があふれている年度でもない限り、それぞれの立場に一人ずつという選出がなされた末に。これもやはり、よほどとんでもない一派がいきなり現れてのどんでん返し…でもない限り、選挙はそれら推薦候補たちへの“信任投票”のみで進められるとのこと。
“戦後すぐ辺りの時代には、革新生徒会だの熱血生徒会だの、型破りな一派が突然頭角を現しての覇権掌握なんてなこともあったらしいけどな。”
 もともとリベラルで、生徒の自主性を大事にするという校風のガッコだし、はたまた奇妙な独裁生徒会なんぞが立ったとしても、
“それこそ“大人の事情”から、粛正されるなりしたんだろな。”
 あんまり過激な何やかやが『校史』に掲載されてないのは、のほほんとリベラルだったから…なだけじゃあなく、無かったことにされたあれこれだってあったからなのかも知れず。まま、それはそれだぁねと、現今へそして未来へと眸を向け直した、現生徒会の甲斐谷・副会長さん。
「10月初めの体育祭はまま、青葉祭と似たよなもんだってノリでもいいけど、白騎士祭の方はそうもいかない。」
 文化部の演技発表や研究展示のみならず、体育会系の部にもそれぞれに伝統の出し物があるのでと、準備には余念がなく。クラス参加は言うに及ばず、同好の志を募っての参加だって毎年結構な申し込みがある、今時珍しいほど参加係数の高い文化祭。ともなると、開催に運ぶまでの準備段階で、途轍もない規模の連絡網とその管理体制が必須とされるのは明らかで。別のお話のどっかでも書きましたが、イベントというのは当日の運営だけが支障なくこなせてりゃあいいってもんじゃあない。参加者・来訪者、様々な立場の人たちが不公平なく当日を楽しめるように、頑張った成果を発揮出来ますようにとする舞台や現場を整えて差し上げるのが、主催である生徒会や実行委員会の役目であり、それを支えているのは、準備期間にて展開される、根気のいる綿密な打ち合わせと、反映反応の素早い連絡網の管理に尽きる。会場の確保に始まって、準備&当日スタッフの人材の確保。設営に必要な資材や備品の準備と搬入、設営そのものの手筈の打ち合わせ。参加要綱案内に来場者へ向けての宣伝告知。その双方へのお問い合わせ窓口の設置。かかわる人が増えるほどに、通達の統一も難しいものとなり、中央本部は組織が一丸となることの難しさに翻弄され、現場で奔走する末端の方々は指針を見失って途方に暮れて…しまっては元も子も無いので。例えば、確認したことへは認印をつけ、尚且つ、必ず通達元へ“受諾しました”と報告をするとか、そういった通達への決まりごとを作れば。事務的には繁雑にはなるが、責任の所在は明確になるので、言った言わない、聴いてないという不手際への予防にもなるし、万が一の事態にも、どこで生じた不具合が原因かを追跡してのフォローがしやすくなる…ということで。
「PCや携帯に縛られてんのが“大本営”の現状だなんて、誰が知ろうかってトコだろな。」
 明るい陽光と、大窓からそよぎ込む風も涼しい、此処はお久し振りの緑陰館。二階の執務室の大テーブルにて、白騎士祭 本部用のPCを立ち上げ、その前に陣取っておいでなのは。最高学年生にしてはちょっぴり小柄な副会長さん、甲斐谷陸くんと、
「でも、陸ってこういうことも得意な方じゃないか。」
 慣れないことだろうに あっさりとこなせている器用さよと、のほのほ感心しているのが、アドバイザーとしての参加を続けている小早川さんチの瀬那くんという、こちらさんも相変わらずに小柄な三年生。
「演劇部の方でも、運営班とかには全然関わったことないんだってね。」
「まあな。」
 そこを見初められての中等部からの途中入学。籍を置く演劇部にては、演者として生き生きと活躍し、素晴らしい表現力を評価され、喝采を浴びて歓喜や称賛の声を集め、部の活気をも盛り立てている。そんなサイドの役割しか振られていない部員だったから。裏方さんの大変さとか、発表会への参加や何やの手配をこなす運営班の皆様の、奔走ぶりは知っていても、実務の内容まではあまり詳しくなかった。でもね? あのね? 本音を言えば、どうせだったら現場で生き生きと駆け回りたいタイプの彼で。角材とベニヤで看板とかアーチとか作ったり、壁代わりに積んだ机、そんな積み方じゃあバランス悪くて傾くぞなんて、直に差配振るってる方が好きなんだがと苦笑をしつつ。だってのに現実は…モニターに展開されてるタイムテーブルの刻々とした変化と、運動部・文化部、各クラスはもとより、実行委員会の搬入部、設営部、学外案内・告知班などなど、各組織の連絡事項を書き込むためのbbsの移り変わり、更新事項のあるなしを、じっとじっと睨みつけてる甲斐谷くんであったりし。時系列的な混乱を避けるための対処で、新規の伝達や報告を整理した上で、本館本部の電子掲示板への更新と同時、1時間ごとにそれぞれの主幹担当者へメールを送る。これを下校時刻ぎりぎりまで担当するのが、今日本日の彼のお役目であるらしく、
「順番に回ってくるお当番なんだってね。」
 そういえば、昨年度の生徒会ではこういう情報管理に長けた方が二人もおいでだったからね。セナには全く覚えのないお仕事だったし、方式・仕様こそまんま譲り受けたものの、自分らでやってみるとどれほど集中力のいることかが判り、これを表裏それぞれ、一人で管理出来てた高見さんや蛭魔さんのこと、あらためて凄い先輩たちだったのだと思い知らされもした。
“蛭魔先輩の存在まで知ってる人は、限られてっけどもな。”
 正規の役員や執行部員ではなかったが、彼もまたあの“最強生徒会”を支えた陰の立役者であり。そんな“諜報員”様から見込まれて、進さんの後継、副会長へと直々に推挙された陸くんと致しましては。ホントは演劇部の活動に専念したかったんですけれどと言いつつも、自分のお仕事、此処まで立派に勤め上げており。
「そうそう、そういえば。進先輩、またまた全国大会で優勝したんだってな。」
「え? /////////
 何が“そういえば”なんだようと。何かの化学反応みたいにポッと、それは判りやすくも、顔から耳から真っ赤になってしまったお友達へ、
「だから。剣道部の更新が目に入ったから、そういえば。」
「う〜〜〜。/////////
 腕自慢たちが別の意味からの腕を振るって、今年は手打ちうどんを出店にて販売する予定になってる剣道部だが、勿論のこと、日頃の鍛練の発表も演武の公開という形で披露する。昨年までは必ず進さんが演者に選ばれており、その重厚な存在感が、なのに…すぅっと、静謐なまでの音なしの構えと化し、そして。確か昨年は、居合の型を披露したから。名のある和刀の“真剣”を用いての、一連の演技。舞台のある講堂ではなく、武道場での披露となって、照明こそ点けなかったものの、妻戸を全部開いての明るい中での演技だったのにね。不思議と、その姿を包んでいた空気や背景は、漆黒の沈黙に塗り潰されてたような気がして。
『………。』
 場内のざわめきさえ押し黙らせたのは、彼自身がまといし威容の厚み。相手がいての打ち合いじゃあない。攻守一体の太刀筋を様々に、右へ左へ、縦へ横へ。誰もいない虚空を薙ぎ払っての“型”の披露で。ギャラリーの中には、合気道には明るくない方々だって少なくはなかったろうに。気がつけば…正座から蹲踞
そんきょの姿勢へと身を起こし、そこから立ち上がっての最初の構え、他には誰もいないところで示した彼の先輩さんの醸し出す気魄の重さに惹かれてのこと。観衆は全員、息を飲んで沈黙し、我を忘れて注目したほど。

  ――― そして。

 凛々しい立ち居振るまいから繰り出される、なめらかで、それでいて、冴え渡る切っ先の一閃へ。道着の袂が、袴の裾が、風を切って音を立てる。青々と濡れた刀身が閃いての、それは切れのいい所作の鮮やかさと。慣れた人には判ったろう、どのタイミングにどの方向からの不意打ちが来ても、爪先の数ミリ、肩の位置 数センチも、揺らぎもしなかったろう強靭な安定感と。目には見えない邪でも払うかのような潔い斬撃と、声こそ出さねど、その所作の端々に込められていた裂帛の気合いとが。数分間という演武の間中ずっと、人々の視線と心を引きつけて離さなかった。
「素人が多かったろう来賓の方々も、揃って溜息つきまくりだったからなぁ。」
 当たり障りのないよな言いようをした、甲斐谷くんではあったれど。
「〜〜〜〜〜。/////////
「どうしたよ。」
 勝手に赤くなってよと、今度はニマニマ、意地悪く笑って見せ、
「う〜〜〜。/////////
 凛々しい武人。まだ十代の未成年とは到底思えぬ重厚な威容をその身にまといし、そりゃあ大人びた先輩。その進さんを勿体なくも“お兄様”とし、そりゃあ懐いていたセナだったこと、暗にからかってる陸くんだと判るから。そして…そんなお兄様が卒業しちゃうことへ、じめじめ泣いていたくらいに。その想いがいかに熱烈なものだったかは、他でもないセナ自身もよくよく覚えのあることなだけに。悪びれずにいるなんてこと、到底出来ない…今時には珍しいほどの正直者。
「…判ーかったから。そんな睨むな。」
 少ぉしうつむいての上目遣い。恨めしそうなそれだのに、愛らしいお顔には似合い過ぎる、これまた可愛らしい御面相になってしまったセナくんへ。からかってごめんと苦笑をし、もう二言三言重ねてやろうと思ったが、タイミング悪くも携帯への着信が入る。
「はい…甲斐谷です。」
 最上級生だってのに“ですます”での応対ということは、これも打ち合わせの通達か。そんなお電話の邪魔はいけないってことくらい、わきまえてるセナだったから。話半分になっちゃったけど、ま・いっかと拗ねていたのも中断し。ぴろりろりん♪と、新しい書き込みをお知らせする電子音に気づいて、陸くんに代わって画面更新をしていると、

  「え? あ、でも。それって日程的に無理なんじゃあ。」

 おやや? 何だか思いも拠らないことを告げられたような気配で、甲斐谷くんが意外そうな声を張る。
「…はい。ですが、俺…ボクは“白騎士祭”の実行委員会関係者でもありますから。…はい。」
 責任のある立場にあるから、だから出来ませんよと言いたげな言い回し。安請け合いなんかせず、無理なものは無理と、目上の人相手でもはっきり言うタイプの彼だのにねと。ちょっぴり及び腰なお返事をしている陸くんへ、傍らで聴いてるセナがキョトンと眸を見張る。それもまた童顔だと言われる由縁、こぼれ落ちそうに大きくて潤みも強い眸をぱちくり、怪訝そうに瞬かせていると、
「………じゃあ。助っ人を選んでも構いませんか?」
 不承不承、相手の言い分を通してしまうらしいお言いようになってる彼であり。しかも、何故だか、じ〜〜〜っと。セナのお顔を眺めやってる陸くんではなかろうか。
「単身でお邪魔するなんて、何だか落ち着かないだろと思いますので。…はい。小早川くんと一緒にお伺い致しますが、それでも構いませんでしょうか?」

  ――― はいぃいぃ?

 何かは知らねど、急なことへの“助っ人”に、勝手に任命されちゃって。ますますのことその眸を大きく見開いてしまったセナを前に、
「では、そのように。………はい、失礼致します。」
 陸くん、セナくんからの了解も取らぬまま、失礼致しちゃったので。
「ちょ、ちょっと、陸…っ!」
「喜べ、同志。この忙しいのに仕事が増えたぞ。」
 ちょっと待ってと言いかけたセナの語調を圧し負かし、陸くんの方が…もっと怖いくらいに座った目付きになっていたので。しかもしかも、
「大学部の方の学園祭の出し物へ、学長直々って出演依頼が舞い込んだぞ。それも“騎士もの”の姫役だ。台本はすぐにも届けるそうで、打ち合わせはこっちの体育祭の打ち上げ直後。」
 こんの忙しいのによという、ウチなる憤懣目一杯の現れだろうか。日頃からも力みがあって鋭いその眸が、何だか…座っていたもんだから。
「お前も付き人として連れてっからな。」
「陸、怖いよぅ〜〜〜。」
 おびえこそすれ、非難なんて出来たろうかい。
(苦笑) はてさて、学長からのご依頼でとはいえ、なんでまたこんな…忙しさへ拍車をかける段取りが増えたのか。まだまだ緑のポプラの大樹、頑張ってねと励ますように、ざわめいているかのようでございます。








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  *いえ、たいそうな続きものにするつもりはないのですが。
   こちらの方々とも久しく逢ってないかしらと思いまして…。